斑目晴信の恋

身近に非常に美人な女性がいる。男勝りの性格で、積極性とリーダーシップに富み、そして話もうまいので、一緒にいると楽しい。だから近頃のオレは勝手に一方的に浮かれた気分である。だが別にそれっぽい脈も無いのがよくある状況だったりする。

『げんしけん』というマンガが大好きで結構読んでいる。このマンガはアキハバラに出入りする大学生たちがおたくサークル内で繰り広げる人間模様を描写した作品だ。登場人物はアニオタやゲーオタ、レイヤーなど、いかにもそれっぽい人ばかり。サークル内のミーティングでは流行りの萌え系のアニメの良し悪しを議論するような連中である。主人公の笹原はエヴァの碇シンジをさらにつまらなくしたような味気ない男なのだが、彼の先輩として登場する斑目晴信は、無駄知識と執拗なこだわりに満ち溢れた怪キャラで、作中で圧倒的な異彩を放っている。オレは彼の強烈な個性と癖のある挙動に心をがっしりと掴まれてしまった。彼を見ると高校時代のおたく友達を思い出してしまい、うれしい苦笑がこぼれてしまう。

劇中ではサークルの主な活動であるコスプレや同人誌制作に絡めて、ほろ苦い恋愛関係も展開していく。分かりやすいヒロインは、春日部さん。イケメン兼おたくの高坂を追いかけてサークルへ入ってしまった彼女は、アニメ的な活発な性格の女性ゆえに、はじめはおたくたちとの距離が相当あった。だが持ち前のリーダーシップとかわいい外見を活かして、いつしかげんしけんメンバーの中でも輝く存在になっていく。

そんな明るくて屈託のない彼女に、斑目は惹かれてしまう。彼女への思いを胸に秘めている彼は、高坂となんとかうまく付き合っている彼女に近寄る術を見つけられず、人知れず悩む。部室で二人きりになってはドギマギし、一緒に飯を食いに行っては余計なことばかり考えてしまう。表面的には厳つく振る舞う彼の内面は、彼女への思いと共に、自分はおたくだから、自分はイケてないから、彼女には高坂がいるから、という勝手なあきらめと切なさに満ちている。

ああ、これってオレじゃん。似たような思いは、もしかしたらたくさんの人が感じたことがある。好きなヒトに対する気持ちと自分とのギャップに悩む彼、斑目は、オレの昔の友達などではなく、実はオレ自身の姿を投影していたんだ。勝手に萎縮していくオレと、明るくて人気者の彼女。そんなオレとあのコの関係もまた、斑目と春日部さんだ。

ザ・コーポレーション

ドキュメンタリー映画『ザ・コーポレーション』を渋谷のアップリンクで観てきた。ここは徹底的なこだわりによってつくられた空間で、ウッディーに統一されたインテリアが心地よいのだが、年始ということで客が笑えるほど少ない。暖房がぜんぜんきいておらず上映中すさまじく寒い。

でも映画はとてもよかった。人としての企業の人格分析に始まり、ボリビアの水道民営化問題、微生物に対する特許など、企業のあり方と資本主義社会に対する疑問を投げかける。

この映画内で牛用抗生物質に関して提示される二つの事実が、遺伝子組換植物の商品化によりすでに十分に悪名高いモンサント社のイメージを奈落の底にまで叩き落としている。恐ろしくも爽快なジャーナリズムの魂を感じた。

ALWAYS 3丁目の夕日

年末で早めに休みを取れたので、実家に帰省した。時間もあることだし、なんということはない映画を見に行こうとして、両親と一緒に出かける。世間で結構な評価を得ていた『ALWAYS 3丁目の夕日』を選んだ。

漫画が原作の本作品は、昭和30年代が舞台の日本映画。懐かしんでくださいと言わんばかりのCGを背景に、別に何も珍しくない中途半端なギャグとありがちなほろりとする人情話がべたべたに展開される。

だがそんな見飽きたような題材であったとしても、いやそれだからこそ、普遍的な感動に満ち溢れた映画だった。脚本、役者、美術など全体的なバランスがよく、ディテールへこだわりも見え隠れし、非常に丁寧な作りだった。久しぶりに日本映画の底力を感じました。

オールドボーイ

オールドボーイの韓国映画版を鑑賞。カンヌではグランプリを獲得。原作はマンガで土屋ガロン=狩撫麻礼。マンガを読まない私でも知っている狩撫が原作だと知ると、過剰に期待せざるを得ない。そして結論圧倒的な傑作であった。

ストーリーは復讐劇。悲劇あり謎解きありでエンターテイメントとしてに完成されていた。演出はまったく浮ついていない。復讐には金も地位も夢もファッションも関係無く、オヤジの執着心とエネルギーに満ちた行動を力強く描く。硬派なアクション映画である。

土屋ガロンの原作では、バブル時代を挟んだ日本社会で素直に生きられないアウトサイダーが主人公だったというが、この映画は韓国製だし時代背景も違うので社会文脈よりも個人的な復讐の感情を描いている。復讐に対する執念だけが生き甲斐となった二人の男。復讐にどうしてそんなに執着できるのかということを少し考えたが、オレにはなんとなくわかった。人生では自分が本質的にどういう価値観を持った人間であるかが非常に重要だ。心の底で自分が軸にしている価値観が人生を決める。二人の人生における一番のインパクトが、この復讐の原因であったのだろう。その描き方について深い説得力をもつ内容だった。

華氏911

休日後の出勤は、朝から全てが重かった。ここ1ヶ月は嫌なことが続き、オレはずっと憂鬱だった。だがその悲しみにはもはや慣れた。なにせオレは華氏911を見たからだ。この映画は同じ監督のボウリング~に比べてさらに重々しく、終わりのない悲しみに包まれている。

先月からいろいろプライベートで悩んで1ヶ月以上ずっと味わっていた憂鬱さは、いままでのオレの人生の何よりもつらく、これよりつらくなることはあるのかと思って、最悪なケースを勝手に想像した。例えば友達がオレを恨んで自殺してしまうとか、オレの家族同士が殺しあうとか、震災がやってくるとか、ジョークみたいな悲劇をマジで真剣に想像し、訳のわからない結末を思い描いた。こんな今のオレは悲しみについて非常に敏感だ。

そんなタイミングでマイケルムーアがオレに見せてきた現実は、想像していた戦争の恐怖以上に、構造的に救いようのない不幸に縛られた人たちだった。イラクやフリントは、同じ地球上とは思えないほど、生きることに選択の余地はない人々の社会だ。オレはあの現実にはどうする術もなく、決して打ち勝つことはできない。自分のちっぽけな悩みなんて、時間が来ればいずれ癒えるだろうし、そしてオレにはまたチャンスが訪れる。この映画が描いている果てしない苦しみに対して今のオレができることは、ただ精一杯生きることだけだ。だから今の自分が生きていることを素直に喜びたいと思う。