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死霊館 エンフィールド事件

ソウのジェームズ・ワンによる人気ホラー映画の2作目。 両作とも実話の怪事件を基にした霊的なホラーで、2作とも大好き。 ホラー好きには絶対にオススメできる。

ホラーとしてのカメラワーク + BGM の演出は完璧すぎてお手本的な安定感がある。そもそもソウが怖かったけど、今回の霊的なホラーの描き方についてもジェームズ・ワンは本当によく勉強している。日本的なしっとりと怖いホラー演出も完全に踏襲していてもはやぐうの音も出ない。

1, 2 をあえて比較すると、 2 のほうがドーンと驚かせる演出が多い。 1 は抑える美学があったけど 2 は逆に派手な見た目で怖がらせる演出をして差別化している。いろんなホラーを観ている人でもそれぞれ良さがわかると思う。

このシリーズの1番好きなところなんだけど、中年夫婦探偵チームが怪事件解決に挑む様、これがまさに X ファイル風で、なんだか応援したくなってしまうんよね。シリーズ化する前の1作目から既にわかっていたことだけど、 2人で悪霊の存在を疑いながら立ち向かう姿は完全にモルダー&スカリーだし、俺はなんだかんだこのテンプレを求めていたんだなと。

この前提が気持ちの入れ込み方に大きなアドバンテージとなっているが、たぶん X ファイル興味ない人でも物語はホラー以上の王道展開なので全然楽しめる。 ホラーとしてのクオリティを前面に押しがちだけど、孤独な天才夫婦の愛を題材にした深みのある脚本、70年代世界観など、完成度はホラーの枠を超えています。 1, 2ともホラー以上に物語として素晴らしいんだよ。ホラーで夫婦愛ってなんだよって思いながら実際そこが見どころで激アツで俺は泣けた。ホラー史的金字塔なんじゃないか。

前作を観ていなくても充分楽しめるけど、前作を踏襲している部分があって、2作目は奥さんが霊能者とかそういう余計な説明が全くなしで展開する。それでも違和感ないのがすごくよい。これは正統派続編のあるべき姿だ。

奥さんがマリリンマンソンに似ているって書いている人がいて、おいおいって思っていたけど実際似てるし、悪魔は完全にマリリンマンソンなので、マリリンマンソン親類バトル映画とも言える。

これ以上書くと呪われそうなので、是非観てください。

運命じゃない人

●あらすじ

生き方の異なる男女5人が、ある一夜に、それぞれの恋と友情と金をめぐって交錯する娯楽映画

●メッセージ

1. 人はひとりで生きているが、偶然出会った人間との関係によりさまざまな相互作用を起こす。

2. 物事は立場が違えば、ラブストーリーにもなり、クライムムービーにもなり、コメディにもなる。

(今回はあんまりこのメッセージ性はない気がしています=娯楽重視の映画)

●隠された本音

エンターテイメント性の追及どうやって娯楽性を出すか

1.キャラごとに生き方を変える

  宮田:恋
  神田:友情と金
  あゆみ:金
  浅井:メンツ
  真紀 :?

2.そっけない演出から意外な展開へ(伏線の多用)
  ラブストーリー
   →クライムムービー
    →コメディ

●この映画にキャッチコピーを

あなたの隣の人は運命の人ですか?

●好きなシーン・セリフ

「30になったら出会いなんか無い」
「自分勝手じゃないですか」

●感想を単語3つで

演出・構成視点で3つ:伏線、意外性、娯楽

物語視点で3つ:恋、友情、金

●どの登場人物が好きか(自分に近いか)

神田が1番好き。彼がメインの第2部のストーリーはシリアスで友情にあついクライムムービー。
その中で正体を表すあゆみは天才詐欺師。
対する浅井組長は経験豊かでカンが鋭く運もいい。
だだ、この人がメインの第3部がコメディ。
クライムムービーを一転させて笑いをとる。
宮田がメインの第1部はベタなラブストーリーだが、
彼のそっけなさがあったから、
第2部のクライムムービーが盛り上がる。

1位 神田
2位 あゆみ、浅井組長
4位 宮田
5位 真紀

神田の話から、なんだこのすばらしい脚本は、
と思ってハマっていきました。

●似ている映画(その他)

パルプフィクションが似てるという意見には不同意。時間軸が一部重なりますが、小話の詰め合わせなので、そもそもコンセプトが違うと思います。

●観た人に質問

1. 前半のそっけないラブストーリーって面白かった?

2. キャラランキングをつけてください。

マンションがダサいです。

内田監督の次回作アフタースクールも脚本は秀逸です。20年ぶりぐらいに同級生と会う話です。

転々

自堕落な生活を送る借金漬けの男とその借金取りが、2人で数日間、都内の思い出の地をめぐり歩く、東京ローカルのロードムービー。

いい映画だった。映画を観てると東京の知ってる土地がかなり出てくるのでとてもウキウキになる。

設定は逆説に溢れている。借金づけ×借金取りという真逆の立場を組み合わせたり、一見悪そうな風貌の借金取りが実際はとても人間的で良い人だったり。そして借金取りはその愛の強さゆえに事件を起こしていて、その清算のために旅をする。

旅の後半、両親に捨てられたオダギリと夫婦関係が破綻した三浦は、知り合いの女がノリでついた嘘によって偽の家族関係を演じるはめになる。これが決定的にうまい。この家族の生活は、これから自首する予定の借金取りの三浦にとってはシャバでの最後の思い出であって、借金漬けで孤独な男オダギリにとっては逆に初めて経験する一家団欒のときだった。ここで2人の男は、偽りの家族を通じて、本質的な家族を回復していく。

オダギリは最後の食事で泣きながら言う「カレーが辛くて泣いているだけです」。このわかりやすいツンデレな演出が見れただけでこの映画を見た甲斐があったと思った。

どうでもいい小話を絡めながらゆるゆるにストーリーが展開する演出スタイルは監督三木聡のお家芸。この監督の映画を見る度に、毎回自分がこの映画に出てるんじゃないかっていう錯覚に陥る。

劇中何人も女性が登場するが、全員が全員、満遍なく頭がおかしい。こういう人たちに囲まれて生活できたら文句なしに幸せなんだ。俺はそう思う。

【その男】 JCVD 【ヴァン・ダム】

ジャン=クロード・ヴァン・ダム48歳。90年代、『ダブル・インパクト』、『ユニバーサル・ソルジャー』、『ストリードファイター』などのB級アクション映画に出演し、テレ東の木曜洋画劇場で何度も放送されて一部から熱狂的な支持をうけた、あの最強の男ジャン=クロード。近頃めっきり出番が減った彼だったが、この度自分自身を主人公にした映画に出演した。

大手の映画に出ることがなくなった元アクションスターは、今は小さなスタジオでアジア系の若手監督のわがままに振り回されていた。のっけからいつもの激しいアクションシーンだが、他の役者の小さなミスで撮り直しになる。「オレはもう47だ!もう長回しのアクションはつらんだ!」と監督に不満を訴えてみても、「銃を持たない主人公こそがピュアなんだよ」と、まるで相手にしてくれない。プライベートに至っては、娘の親権をめぐる裁判で責められていた。「彼の映画は残虐で子供にはとても見せられない」と弁護士が捲くし立て、娘にもこんなことを言われる:「パパが出る映画がテレビでやった次の日は、私は学校でいじめれられるの」。この裁判で金も使い果たした彼は、あまり気が進まなかった次回作を仕方なく受けようとしたのだが、既にスティーブン・セガールに役を持っていかれてしまった後だった。これでは弁護士に払う金がなくなってしまう。なんとかしようとして自国ベルギーに帰ったとき、道行くファンは彼のことを好意的に受け止めてくれた。だがそこでふと立ち寄った郵便局で、いきなり強盗に監禁されてしまい、おまけに勘違いで犯人扱いされてしまうのだった。

繰り返すが主演はあのジャン=クロード・ヴァン・ダムだ。正直誰も見ないと思ったから半分ネタバレで書いてしまったのだが、内容はそのまま彼の自虐映画である。若干コメディータッチな展開だが、どうやら強盗以外の話は半分実話であるようだ。そしてそんな内容であったにも関わらず彼の演技は間違いなくマジだった。

強盗の銃の前で無力なまま、自身の半生を振り返る。英語も話せずアメリカへ飛び立ち、才能があっても成功出来ない人もたくさんいる中で彼は運よく成功を手にした。しかし成功しても満たされない心と共に、ドラックにおぼれる日々。そして一線を退く日が訪れ、自分の存在は何だったのかと問いかける。そんな彼の独白に、圧倒的に引き込まれるのはなぜなのか。この映画の中で彼は、無敵のアクションスターではなく、子供をまっとうに育てられる親でもなく、年老いた一人の男だった。そんな人間ジャン=クロード・ヴァン・ダムに、オレは徹底的に打ちのめされた。

映画の中でファンの一人が言った。「ジョン・ウーのデビュー作『ハード・ターゲット』の主演はお前だろ!あの監督だってお前との作品がなければ『フェイス・オフ』も『レッドクリフ』もなかったんだぜ!」そう、彼のファンはいるのだ。本国ベルギーにも、アメリカにも、そして日本にも。

ノック・オフ 木曜洋画劇場予告 www.youtube.com

その男ヴァン・ダム 予告 www.youtube.com

【ディランが】 アイム・ノット・ゼア 【ロック】

ボブ・ディランという人物を、6人の役者が6人の別人という設定で演じるライフミクスチャームービー。現在66歳のディランは1962年にフォーク歌手としてデビューし、その後ロック、カントリー、キリスト教布教ソングなど何度か方向性を変えながら現在も世界の音楽シーンで活躍し続けている。ミュージシャンのみならず映画俳優までもこなす彼は一体どういう人物なのか。

主演の6人は別々に登場し、その関係性は明確に描かれず、なおかつ登場のタイミングが入れ替わり立ち代りで時系列がめちゃくちゃに交錯するので非常に複雑な展開なのだが、本質的にはただディラン1人を描いている点が非常に興味深い。 配役も癖が強い。アメリカを放浪するフォークソングの天才少年を演じたマーカス・カール・フランクリンはなんと黒人の子役。映画俳優時代のディランは『ブロークバックマウンテン』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたヒース・レジャー(残念ながら2008年にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします)が演じており、その俳優は映画の中で伝説のフォーク歌手を描く映画に出演中という設定。そのフォーク歌手自体もまたディランと思しき人物であり、クリスチャン・ベイルが演じている。ベイルはキリスト教布教ソングを歌う牧師のディランの役も演じているため、ディランをよく知らない人からみたら何を描いているのかさっぱり分からないような支離滅裂なストーリーだ。

一番目を惹いたのはロック時代。フォーク歌手でデビューして売れてきたのに、急にエレキギターを持って、ビートルズに追従するかのようなロックを歌い出す。反体制的なプロテストソングを期待するファンに総スカンを喰うが、レイバンのウェイファーラーをしてスカしまくる彼は一気にロックスターとなり、アンディ・ウォーホールとその仲間たちが作る60年代ポップカルチャーを牽引していくこととなる。時代の寵児とはまさしくオレのことだ言わんばかりの自信に満ち溢れた彼を演じたのが、なんと女優のケイト・ブランジェット!!まさかこの役を女優が演じるなんて全然想像もしていなかったので、完璧なディランハマリ度に衝撃を受けた(正直最後まで男だと思っていたぐらい)。『エリザベス』、『アビエイター』などの大作でアカデミー賞の常連となり女優としての一級のキャリアを確立している彼女だが、本作でもまたまたアカデミー賞にノミネートされている。結局取れなかったが、一体なぜ受賞できないんだと叫びたくなるほどにオレのハートは完全に奪われてしまった(笑)。

監督のトッド・ヘインズはこの6人をレイヤードしていくストーリーによって、ディランという人が人種・性別を超えた表現者であるということを示唆しているのかも知れない。だがそんなイメージも彼にとってはほんの一時のものなんじゃないかな。「僕はそこにいない」。このタイトルが物語るとおり、我々の期待するような彼は、既にどこか別の場所へ行ってしまっているのだった。

【ウォン・カーワイ】 マイブルーベリーナイツ 【英語デビュー作】

失恋した女性が気持ちを整理するための旅をしながら、深夜のカフェバーで出会った男に手紙を書くロードムービー。歌手ノラジョーンズの映画デビュー作。そして香港出身の監督ウォン・カーワイの英語作品のデビュー作でもある。この監督の映画はほとんど全部見ているオレとしては、期待するなというのが無理なくらい楽しみな映画だった。

これは本当に登場キャラの魅力が命の映画だ。そしてその魅力を支える映像力が圧倒的だった。撮影を担当したダリウス・コンジはデビット・フィンチャーの『セブン』やジャン・ピエール・ジュネの『ロストチルドレン』などの作品にも関わる珠玉の映像職人。影や障害物さえも映像美の一部に変えてしまう彼のカメラワークは、メインのノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウのみならず、脇を固めるデイビッド・ストラザーン、レイチェル・ワイズ、ナタリー・ポートマンにすら恋をしてしまうほど、人物の魅力を最大限に引き出していた。耽美マニアのウォン・カーワイはこの映像にアップやスローの多用を加えてその神髄を遺憾なく発揮。この映像美に、オレはメロメロにやられてしまったのだった。ウォンカーワイ曰く、「これはデビュー作なんです。」これはほんとそんなピュアな意気込みを感じられる映画です。

まあストーリーのほうは定番もいいとこで目新しさはないから、かつての『天使の涙』や『恋する惑星』のような勢いはないんだけど、映像重視の彼の描き方は落ち着いた大人の映画作りになったのかな。短編『若き仕立屋の恋』もそうだったけど、小さく纏めるのがうまくなった感じで、オレにはとても心地よくて、やっぱ自分も大人になってきたんだなって感じてしまった。10年前の作品『ブエノスアイレス』をもう一回見てみようと思いました。 Yahoo 映画のコメントを見るとこの手のお洒落映画にアレルギーのある人には眠いだなんだと叩かれまくりなんだけど、ウォン・カーワイのファンならまあ満足すること間違いなしだよね。

【炎の中で】 THE BATTLE OF MAKUHARI 【眠れ】

死んだはずのカリスマが生き返った。この週末はオレにとってそんな奇跡が舞い降りた。なぜなら世界で一番好きなバンドの再結成ライブがあったからである。

ヘビメタの最盛期を象徴するバンドであったガンズが勢いを失いはじめたころ、90年代初頭のアメリカンロックはニルヴァーナによるグランジムーブメントと、グリーンデイやオフスプリングに代表されるメロコアによって牽引されていた。そんな中で、政治的なプロテストを全面に押し出すヒップホッパーが、いままで誰も聞いたことがないような変態的なサウンドを操るギタリストとともに結成したバンドがあった。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン。グランジのアンダーグランドテイストやメロコアのポップパンク的なノリに対して、かつてのハードロックが持っていたへヴィネスをベースにして、ヒップホップ的なリズムの要素を取り入れた新しいロックとしてのミクスチャーロックは、このバンドとともに90年代後半のアメリカの最重要ロックムーブメントとなっていく。格闘団体PRIDEのテレビ放送のオープニングテーマに使われたことから日本での人気にも火がつき、当時その代表曲「Guerilla Radio」はテレビラジオ問わずヘビーにプレイされたが、2000年の年末に突如ボーカルのザック脱退を発表。事実上の解散となってしまう。 しかし解散発表直後にリリースされたカバーアルバム『Renegades』は、それまでのアルバム以上の強烈なインパクトを多くのファンの心に残してしまう。彼らの刺激を忘れることができないファンたちはこのバンドのCDをいつまでも聞き続け、再結成を待ち望んでいたのだった。

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うだうだ能書きを書いたが、俺にとってこのバンドはニルヴァーナと同じぐらいの強烈な人生の1ページなんだ。その再結成ライブなんだから、誰になんと言われようとこれだけは譲れない。とにかく全ての予定をOFFにして、戦地に赴かなければ。

久しぶりの世界ツアーで日本公演は大阪と東京の2箇所。東京の会場である幕張メッセに集まった客は推定2万人以上だ。オレは遅れて到着したので既にグッズ売場もクロークもトイレも長蛇の列。缶ビールは売り切れだし、なんなんだこの人ゴミは。みんな無愛想な男ばかりで結構不機嫌な雰囲気だ。

会場入りするとオールスタンディングなのに区画が厳しい。なんと柵があって後ろ半分のエリアから出れず、先頭まで行けない。オレの位置からステージまで100mぐらいあるし、ぜんぜん隙間がなくて区画内ですら移動できない。。これで盛り上がれるのか?

しかし、公演開始ともにそんな不安は一気に払拭される。案の定、公演がスタートしても移動できず豆みたいなザックとトムをちら見するのが精一杯だったが、彼らの実力は決して衰えていなかった。張り裂けるボーカル、変態的なギターはCDとは比べものにならないブッチギリの感動を呼び起こす。うわっホンモノだ!っていうあれね。カラオケで歌うと英語ラップが難しすぎる&音域が高すぎるという最高レベルの難易度なんだけど、ホンモノはCDよりうまいという恐ろしさ。オフスプリングもサンボマスターも曲が激しすぎて途中からボーカルが絶対疲れた雰囲気になってくるんだけど、ザックは絶叫しているのにはむしろ調子が上がっていくからこちらも負けていられない。

ステージから100mも離れているのにも関わらず、開始から1秒でこの前行ったサンボマスターのライブの先頭より激しく押し合う異常な盛り上がりになった。そのノリがいつまで続くかって思いきや、ファンのエネルギーは何曲やっても全く衰えない。みんな年齢層は25歳以上な感じなのによく体力続くなあって感心しながら、オレも人一倍飛び跳ねて声を張り上げた。一応世間的には極左のバンドなのでアメリカでは911以降に全曲が放送自粛リスト入りにされたらしいが、うちら日本のファンはなにも知らないただのバカの集まりだ。俺たちはここは思い切り騒がせてもらうという結束を暗黙のうちに誓い合っていた。正直逃げ場が全然ないぐらい暴動化していたので、オレももうやけくそに全曲暴れ続けた。

結局終わってみたら全身が汗でスブ濡れになってしまった。Tシャツどころかカーディガンとデニムまで絞れるぐらいの汗だ。ジャンプしまくりで足も2回くじく始末。おまけに気がついたら右肩の鎖骨が腫れてしまっていた。無事に終わってよかったとリアルに安心した。着替えを忘れたオレは全身濡れきったまま雪の東京を歩けないと思い、公演後に1時間も並んでツアーTを買って帰った。

そんなバトルオブマクハリは僅か一時間半だったがみんな完璧に満足する内容だったと思う。ザックもトムもソロが忙しいみたいだけど、やっぱこのバンドで新作作らないかな。